教育

【備忘録】次期小学校学習指導要領改訂案の理科を読んだ第一印象。

【備忘録】次期小学校学習指導要領改訂案の理科を読んだ第一印象。

2017年2月14日から学習指導要領のパブリック・コメントが実施された*1

それに伴い,幼稚園教育要領と小学校学習指導要領,中学校学習指導要領の

改訂案が初めて公開され,注目されている。

詳細については2017年3月公布予定の正式版を見てみないと分からないが,

すでに改訂案には2016年12月21日の中教審の答申*2が色濃く反映されているため

参考になる点は多い。

そこで,この記事ではとりあえず小学校学習指導要領改訂案を読んだ際の

私の感じた第一印象について備忘録として残しておこうと思う。

中学校編はこちら。

次期小学校学習指導要領改訂案の気になるポイント

私が小学校学習指導要領改訂案を見て気になった点をまとめてみた。

いかんせん,読んだ当日にこの記事を書いているため,

十分な吟味はできていない。その点はあらかじめご了承いただきたい。

また,改訂案からの引用についても不親切に引用元をいちいち書いていないので

気になる点があれば,各自で確認していただきたい。

「前文」の存在

改訂案冒頭,いきなり目新しく映ったのは前文である。

昭和33年度以後の学習指導要領では一度も前文が出てきたことはなかった*3

中身を詳しくみてみると,

はじめに「教育の目標」について教育基本法第1条を基に説明されており,

これを踏まえて学習指導要領の位置付けが以下のように記されている。

学習指導要領とは,こうした理念の実現に向けて必要となる教育課程の基準を大綱的に定めるものである。学習指導要領が果たす役割の一つは,公の性質を有する学校における教育水準を全国的に確保することである。

学習指導要領の位置付けが明確化された背景には「学力保証」という

OECDのPISA調査結果を受けたいわゆる「脱ゆとり」と呼ばれた現行要領が

ありそうだ。

また読み方によっては,学習指導要領の法的拘束力*4を匂わせる文言にもなっている。

総則の特徴

次に総則を見てみよう。

この記事で取り上げたいのは小学校理科についてだが

総則が各教科へ影響していることもあるので無視はできない。

「教育課程編成の一般方針」から「小学校教育の基本と教育課程の役割」へ

現行では冒頭が「教育課程編成の一般方針」となっていたが

「小学校教育の基本と教育課程の役割」へと名称が変わっている。

特に2(1)では下記に示す3つの評価が明記されており,

これがすべての教科で明確に区別された上で具体が述べられている。

そのため今回の改訂案は現行に比べて1.5倍ほど文字数が増えている。

  • 基礎的・基本的な知識及び技能
  • 思考力・判断力・表現力
  • 主体的に学習に取り組む態度

特に3つ目については「関心・意欲・態度」のうち

「関心・意欲」が削除されている点が大きな特徴である。

さらに総説の新設として「カリキュラム・マネジメント」という語が明記されている。

(ちなみに「アクティブ・ラーニング」という言葉は出てこない)

教育課程の実施と学校評価

もう1つ大きな変化として,「教育課程の実施と学校評価」という項目が増えた。

前述したカリキュラム・マネジメントに加えて,

PDCAサイクルを彷彿とさせる内容となっており,

「主体的・対話的で深い学びの実現に向けた授業改善」が明記されている。

さらに(7)では学校図書館の役割について記述が詳細になっている。

現行では,

学校図書館を計画的に利用しその機能の活用を図り,児童の主体的, 意欲的な学習活動や読書活動を充実すること。

となっていたが,改定案では,

学校図書館を計画的に利用しその機能の活用を図り,児童の主体的・対 話的で深い学びの実現に向けた授業改善に生かすとともに,児童の自主的, 自発的な学習活動や読書活動を充実すること。また,地域の図書館や博物 館,美術館,劇場,音楽堂等の施設の活用を積極的に図り,資料を活用し た情報の収集や鑑賞等の学習活動を充実すること。

と詳細が述べられている。

これは2015年に学校図書館法*5が改正されたものを受けているだけでなく,

中教審の答申*6にも出てくる「社会とのつながり」を意識した表現になっている。

同様に「第4児童の発達の支援」では

「特別な配慮を必要とする児童への指導」として

障害,帰国児童,不登校児童への対応についても現行に比べ

詳細に述べられているのが特徴だ。

小学校理科の変更点

現行学習指導要領が「理数教育の充実」と銘打って学習内容が増加したため

改訂案での知識内容は微増といったところである。

ただし「資質・能力」についての総則の内容を受けて,目標の記述や

児童の伸ばしたい学力についての記述の変化が大きいため,

現場の教員としては特に目標と評価の改善には注意する必要があるだろう。

理科の目標の記述

現行では,

自然に親しみ,見通しをもって観察,実験などを行い,問題解決の能力と自然を愛する心情を育てるとともに,自然の事物・現象についての実感を伴った理解を図り,科学的な見方や考え方を養う。

とあったが,改訂案では

自然に親しみ,理科の見方・考え方を働かせ,見通しをもって観察,実験を行うことなどを通して,自然の事物・現象についての問題を科学的に解決するために必要な資質・能力を次のとおり育成することを目指す。

(1) 自然の事物・現象についての理解を図り,観察,実験などに関する基本的な技能を身に付けるようにする。

(2) 観察,実験などを行い,問題解決の力を養う。

(3) 自然を愛する心情や主体的に問題を解決する態度を養う。

と変化している。

なお,(1)〜(3)は「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」

「主体的に学習に取り組む態度」に対応している。

最も興味深いのは「科学的な見方や考え方を養う」から

「理科の見方・考え方を働かせ」とある点である。

まず「科学」から「理科」へ変更された理由としては,

この2語の意味の混同を避けたものと思われる。が,これは混乱を招きそうだ。

そして「養う(目標)」ものから「働かせる(手段)」という意味の変化は

とても大きい。資質・能力の育成が重視されたところは予想通りだろう。

ちなみに先ほど消えた「科学的」という語は

「問題を科学的に解決する」という表現に移動している。

「科学的な問題解決」ではなく「科学的問題の解決」でもないところは

「科学的」という言葉を確実に「解決」に修飾させたいという強い意図が

あったものと推察できる。

しかしやはり問題となりそうなのは,

改訂案でいう「理科」と「科学的」という語の意味とその差異だ。

この点については,学習指導要領解説理科編を待つしかなさそうだ。

「問題を科学的に解決するために必要な資質・能力」の内容

現行までの学習指導要領では「科学的な見方や考え方」について,

第3学年から順に「比較」「関連付け」「条件制御」「推論」の4項目が

踏襲されてきた*7

しかし,今回それが消えた代わりに「資質・能力」が新たに加わったことによって

養いたい力が大々的に変化している。

この点は最も重要な点だろう。

順に見ていくと,次のような表現が各学年に現れている。

  • 第3学年「差異点や共通点を基に,問題を見いだす力を養う」
  • 第4学年「主に既習の内容や生活経験を基に,根拠のある予想や仮説を発想する力を養う」
  • 第5学年「主に予想や仮説を基に,解決の方法を発想する力を養う」
  • 第6学年「より妥当な考えをつくりだす力を養う」

「科学的な見方や考え方」に比べると,全体的に「資質・能力」の方が

より具体的かつ高度な水準で要求されているといっても過言ではないだろう。

個人的には第4学年が特に興味深い。

生活的概念を基に科学的概念を形成するという

ヴィゴツキーの考え方*8が色濃く出ている部分である。

さらに第5学年では第4学年の資質・能力を前提にした「解決の方法を発想」という

表現も使われており,「発想」という言葉にはディセッサの断片的知識論*9

知識統合という教授活動が教員に求められているように感じる部分だ。

ただし,これだけ「資質・能力」を並べると,

「そりゃうちの児童には難しすぎるよ!」という小学校の先生もいそうだ。

その辺りを考えてか,「第3 指導計画の作成と内容の取扱い」では

(2) 各学年で育成を目指す思考力,判断力,表現力等については,該当学年において育成することを目指す力のうち,主なものを示したものであり, 実際の指導に当たっては,他の学年で掲げている力の育成についても十分に配慮すること。

というように,救いの言葉が用意されている。

理科の学習内容の微増部分

前述したように,理科の学習内容は現行とほぼ変わらないが

若干の微増が見られる。

ここではどんな内容が増えたのか,簡単に紹介する。

第3学年 光と音の性質(知識)

(ウ)物から音が出たり伝わったりするとき,物は震えていること。また,音の大きさが変わるとき物の震え方が変わること。

音という現象と「振動」を関連づける内容が追加されている。

音の大きさを物の震え方と関連づけて「振幅」の概念につなげる意図もありそうだ。

この点は中学校1年でも学習する内容。

第3学年 磁石の性質(取扱い)

磁石が物を引き付ける力は,磁石と物の距離によって変わることにも触れること。

磁力と距離との関連付けに関する内容が追加されている。

こちらは中学2年の学習につながる。

第4学年 雨水の行方と地面の様子(全般)

(3) 雨水の行方と地面の様子 雨水の行方と地面の様子について,流れ方やしみ込み方に着目して,それらと地面の傾きや土の粒の大きさとを関係付けて調べる活動を通して, 次の事項を身に付けることができるよう指導する。
ア 次のことを理解するとともに,観察,実験などに関する技能を身に付 けること。
(ア) 水は,高い場所から低い場所へと流れて集まること。
(イ) 水のしみ込み方は,土の粒の大きさによって違いがあること。

イ 雨水の行方と地面の様子について追究する中で,既習の内容や生活経 験を基に,雨水の流れ方やしみ込み方と地面の傾きや土の粒の大きさと の関係について,根拠のある予想や仮説を発想し,表現すること。

第5学年 流れる水の働きと土地の変化

(5) 内容の「B生命・地球」の(3)のアの(ウ)については,自然災害についても触れること。

第6学年 土地のつくりと変化

イ アの(ウ)については,自然災害についても触れること。

指導計画の作成と内容の取扱い

(4) 天気,川,土地などの指導に当たっては,災害に関する基礎的な理解が図られるようにすること。

第4学年から第6学年まで共通して地学に関係する内容が追加されており,

同時に「自然災害」との関連性が強調されているのも特徴。

これは,学習の文脈として「自然災害」を用いた方が良いという現場の意見*10とも

概ね合致しており,現場には受け入れやすい変更かもしれない。

雨という目に見える現象と,地面という見えない場所での現象との関連付けなので

授業に工夫が必要なのも必須。

土地と自然災害の関連付けとしては,2014年の広島豪雨による土砂崩れ*11

2015年の鬼怒川決壊*12なども考慮された結果と思われる。

第5学年 物の溶け方(取扱い)

(2)内容の「A物質・エネルギー」の(1)については,水溶液の中では,溶けている物が均一に広がることにも触れること。

現行学習指導要領になってから,物質の粒子性に関しての実践は多く行われているが,

「水溶液中では溶けているものが沈んでいる」という児童が考えるのは

よく知られた話である。

現行では明記されていなかったが,実際には教科書等ではモデル図が掲載されていた。

しかし,均一性の理解は難しいことがよく知られている*13

第6学年 生物と環境

(ウ)人は,環境と関わり,工夫して生活していること。

「さらっと難しいこと書いてあるなぁ〜」と思ったのがこの文。

こちらはおそらく2014年のCOP12*14で締結した名古屋議定書によって強調された

「生態系サービス」という概念が含まれているものと考えられる。

生物多様性と同じく,大人の方がこの概念が十分に理解できていないと思われるので

授業で扱う際には実はとても気をつけた方が良い部分かもしれない。

その他の変更点

ものづくりの種類数の指定

小学校理科の中には「ものづくり」という体験活動が記述されているが,

改訂案ではその種類数に指定がある。

具体的には,第3学年が3種類以上,第4学年以降が2種類以上。

種類数の指定は大変目新しい変化だ。

最近巷でも聞かれるようになったSTEM教育の考えが含まれているものと推察される。

解説ではものづくりの中身についてもう少し詳しい例が挙がるのかもしれない。

障害のある児童への対応

指導計画の作成と内容の取扱い

(3) 障害のある児童などについては,学習活動を行う場合に生じる困難さに 応じた指導内容や指導方法の工夫を計画的,組織的に行うこと。

こちらについては,中教審の答申*15及び総則の内容と合致する。

プログラミング教育

(2) 観察,実験などの指導に当たっては,指導内容に応じてコンピュータや情報通信ネットワークなどを適切に活用できるようにすること。また,第 1章総則第3の1の(3)のイに掲げるプログラミングを体験しながら論理的思考力を身に付けるための学習活動を行う場合には,児童の負担に配慮しつつ,例えば第2の各学年の内容の〔第6学年〕の「A物質・エネルギ ー」の(4)における電気の性質や働きを利用した道具があることを捉える学習など,与えた条件に応じて動作していることを考察し,更に条件を変えることにより,動作が変化することについて考える場面で取り扱うもの とする。

ICT利用については現行でも記述が見られるが,

そこにプログラミング教育が追加されている。こちらも中教審の答申どおり。

ただし「児童の負担に配慮しつつ」という言葉が要注意,といったところだろうか。

おわりに:「資質・能力」と整合性のとれた授業の難しさ

学習内容に大きな変化が見られないが「資質・能力」という考え方の導入によって

授業は大きく改善されなければならない。

そんな要求がムンムンしてくるのが今回の改訂案の特徴だろう。

けれど「学習内容に大きな変化が見られない」というのが

理科の場合,授業改善を難しくする原因になる可能性があるだろう。

そして,もし国のいう授業改善を進めるためには

小学校の先生の特徴を考えると,教科書をどのように改善するかが

一つのキモになるに違いない。

確定版と教科書の準備については今後の展開に注目したい。

中学校編はこちら。

*1:「学校教育法施行規則の一部を改正する省令案並びに幼稚園教育要領案、小学校学習指導要領案及び中学校学習指導要領案に対する意見公募手続(パブリック・コメント)の実施について」, http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=185000878&Mode=0

*2:中央教育審議会(2016)「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)」, http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/1380731.htm

*3:過去の学習指導要領については以下を参照。国立教育政策研究所(2014)「学習指導要領データベース」, https://www.nier.go.jp/guideline/

*4:学校教育法第33条および学校教育法施行規則第52条を参照。学習指導要領の法規の性格については諸説あるが,1976年の旭川学力テスト事件(最高裁),1990年の伝習館高校事件(最高裁),1996年の大阪府立東淀川高校日の丸掲揚損害賠償請求事件(大阪地裁)では学習指導要領の法規としての性質を認める判決が見られる。

*5:学校図書館法, http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S28/S28HO185.html. 改正では第6条に「学校司書」の役割が初めて明記されたことも特徴の一つ。

*6:前掲書2を参照。

*7:文部科学省(2011)「小学校理科の観察,実験の手引き」http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/senseiouen/1304651.htm.が参考になる。

*8:次期学習指導要領ではピアジェの発達段階の色が薄くなる代わりにヴィゴツキーが色濃くなっている特徴がある。ヴィゴツキーについて知りたい方は,例えば柴田(2006)「ヴィゴツキー入門」や中村(2004)「ヴィゴーツキー心理学完全読本:「最近接発達の領域」と「内言」の概念を読み解く 」が比較的読みやすいので個人的にオススメ。

*9:村山功(2013)「断片的知識論とその教授活動への示唆」『教科開発学論集』 1, 55−64.などが参考になる 。

*10:中山迅(2015)「理科教育課程への期待:問いと文脈の観点から」『日本理科教育学会全国大会発表論文集』 13, 56−57.

*11:平成26年8月豪雨による広島市の土砂災害 – Wikipedia

*12:平成27年9月関東・東北豪雨 – Wikipedia

*13:粒子の均一性の概念理解を促した例としては,下記の論文がある。高垣マユミ・田爪宏二・森本信也・加藤圭司(2010)「溶解概念の変化を促す認知的・社会的側面からの教授的アプローチ」『日本教科教育学会誌』33(2), 1–10.

*14:環境省(2014)「生物多様性条約第12回締約国会議(COP12)及び名古屋議定書第1回締約国会合(COP-MOP1)の結果について(お知らせ)」http://www.env.go.jp/press/18740.html

*15:前掲書2を参照。

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日常生活と科学をむすぶ、学びのデザイナー。新しいガジェットやギアが大好き。好きなことは読書、バイク、旅、温泉、アニメ鑑賞その他いろいろ。生活をよりシンプルに心地よいものへ変えていきたい。

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