理科の授業で観察・実験をうまーく授業の文脈に取り入れることで
その状況に応じて深い学ぶが得られると思う。
ただし,それは観察・実験の安全性が担保されている場合の話だ。
残念ながら,理科の観察・実験における事故というのは毎年後を絶たない。
以前書いた記事にように,何が原因なのか分かりにくい時もある。
それに比べると,
今回紹介する熊本の中学校で起きたフラスコ破裂事故は
明らかに教師の不手際であり,大変残念に思う。
教訓を得るために,その事故について取り上げてみたい。
フラスコ破裂事故について新聞報道を読んでみる。
2016年9月26日(月),熊本市の中学校でその事故は起きた。
詳細は,少し長いが朝日新聞を引用する。
26日午前10時25分ごろ、熊本市東区上南部2丁目の市立東部中学校(園田恭大校長)の理科室で、実験中にガラス製のフラスコが破裂し、生徒3人が手首や耳などに切り傷を負った。
市教委によると、1年生のクラスで26人が6グループに分かれ、フラスコに塩酸と亜鉛を入れて水素を発生させる実験をしていた。水素はフラスコから管を通じて試験管に集めて着火する予定だった。このうち1グループの生徒が着火しようとした際、フラスコから漏れ出た水素に引火し、破裂したガラスが飛び散ったという。12~13歳の女子生徒2人と男子生徒1人が手首や指に2~6針縫うなどの切り傷を負った。
授業を担当した40代の男性教諭は、水素の発生を早めるため指導書の基準より高い濃度の塩酸を使ったことを認めており、市教委は手順に問題があったかどうか調べている。市教委指導課は「子どもたちにけがをさせて申し訳ない。事故防止の指導を徹底したい」と話している。
(朝日新聞)※赤字は筆者による。
ツッコミどころの多い事故である。
塩酸に亜鉛を入れて水素を発生する実験を反応式にすると次の通り。
イオン化傾向の低い水素が気体となって発生する化学変化で,
理科の授業でも小学校6年や中学校1年生でごく一般的に行われるものだ。
2HCl + Zn → H2 + ZnCl2
あと,記事には書かれていないが,
水素は水に溶けないので,発生させた水素は水上置換法で収集しているはずだ。
要は水の中で水素をブクブクさせ,その泡を試験管に集めたわけである。
ここでもう一つ記事を引用する。
今度は読売新聞だ。
26日午前10時25分頃、熊本市東区の市立東部中学校(園田恭大校長、411人)で、理科の実験中に三角フラスコが破裂し、1年生の男女3人が手首を切るなどのけがを負った。
市教委によると、1年生26人が、ゴム栓をした三角フラスコに塩酸と亜鉛を入れ、発生した水素をガラス管などを通して試験管に集める実験を行っていた。女子生徒(13)が、試験管内の水素を確認するため、ライターで火を付けたところ、近くにあった三角フラスコが破裂したという。
飛び散ったガラス片などで、この女子生徒が左手首を3針、近くにいた男子生徒(12)が右手の薬指と小指を計12針縫うけがをし、別の女子生徒(12)は左耳たぶに切り傷を負った。
(読売新聞)
読売新聞の報道は朝日新聞よりも事故当時の状況や怪我の様子が
詳細に記述されている。
まず,破裂したフラスコは,三角フラスコのことらしい(サイズは分からないが)。
もう一つ興味深いのは,着火の状況である。
火をつけたのは女子生徒で,方法はライター。
しかし朝日新聞とは異なり,読売新聞では
なぜライターの火が試験管ではなくフラスコの水素に着火したのかの記述がない。
また,朝日新聞では「フラスコから漏れ出した水素に引火し」と書いているが
フラスコのどこから水素が漏れていたのかの記述が見当たらないのである。
問題は塩酸の濃度だけか?
三角フラスコが破裂し,指や耳たぶにガラスが吹き飛ぶほどの威力となると,
いくら教員が塩酸の濃度を指導書よりも高めにしていたとしても
説明が足りているとは思えない。
ここで気になるのは,使用した三角フラスコのサイズ。
試験管に水素を集めるだけでよければ,そもそも三角フラスコは
それほど大きい必要がない。
塩酸の濃度を高めにしていたことから察しても,
三角フラスコのサイズは大きくても200mL程度だったのではないかと推察する。
しかし,200mLのフラスコに水素の気体が充満し
それに引火したところでポンという燃焼が起こったとしても
三角フラスコを破裂する威力になるだろうか?
ここで考えられることは,以下の3つ。
- 三角フラスコに初めから目に見えないレベルのひびが入っており,水素による爆発によって破裂した。
- 何らかの理由で発生した水素と空気中の酸素が混合して燃焼・爆発を起こし,三角フラスコを破裂するほどの威力になった。
- 三角フラスコに初めから目に見えないレベルでひびが入っており,かつ,発生した水素と空気中の酸素が混合して燃焼・爆発を起こした。
空気中の酸素と混ざったのであれば,爆発の威力は明らかに増す。
けれど,もし水素を確認するために火を近づけた際,
朝日新聞の言うように「水素が漏れ出していた」としたら
それはおそらく水素の発生が終わっていなかったと考えるのが自然だ。
これは塩酸の濃度を高くしていたことからも考えられることだ。
けれど,もしそうだとしたら
三角フラスコもガラス管も水素で満たされており,酸素が入る余地がない。
ガラス管の口で酸素と混ざって引火したとしても
フラスコ本体が破裂するとは考えにくい。
したがって,私の推察ではあるが,
三角フラスコには初めからヒビが入っていた,と言う可能性が
酸素の有無に関わらず,高いのではないかと考えられる。
なぜライターで着火した?
実はここでもう一つ気になる点がある。
水素であるかどうかを確認するために
なぜライターの炎を使用したのか,と言う点である。
もし教科書通りに確認するのであれば,
「火のついたマッチを近づける」と言うのが水素確認のデフォルトである。
そもそも,
可燃性ガス(水素)を確認するために
ライターの,すでに可燃しているガス(ブタン)を近づけると言うこと自体が
すでに危ない。
チャッカマンなら百歩譲ってアリかもしれないが,
少なくともすぐ火元に指を置き,横向きにしにくいライターを
この状況で使うというのは信じられない。
それとも,ライターでなければいけない理由があったのだろうか?
ここでひとつ気になることといえば,
火をつけていたのが「女子」というところである。
最近では,マッチをすることができない児童生徒も珍しくない。
また,経験的にはマッチに抵抗を示すのは女子の方が多い。
回転ドラム式ではなくプッシュ式であれば
その抵抗感が和らぐ可能性もあるだろう。
おわりに:危険が一つとは限らない。
朝日新聞にもあるように,
おそらく塩酸濃度の高さがこの事故の原因なのだろう。
しかし,実験事故→薬品の扱いに問題と考えるのは早急である。
新聞記事を見る限りでも,安全管理が徹底されていなければ
危険となるであろう箇所は多く推察できる。
「この事故」の原因が1つでも,
同じ状況で起こりうる事故が1つとは限らない。
このような新聞による理科実験事故報道は
注意深く読む必要があるだろう。