理科教員やってる私の家にも,たまにこういう水素風呂のチラシが入ってくる。
たった一枚入っているだけで,30分くらい笑いこけるくらいバカバカしいのだが
一方でこのような似非科学に引っかかり損をしている人がいるのも事実。
これは紛れもなく社会的に大きな損失だろう。
国民生活センターも水素水関連の商品に対し注意を喚起している。
(参照:活性酸素の一種を抑制する水をつくるとうたった装置−飲用による効果を表したものではありません−(発表情報)_国民生活センター)
今回入手したチラシも,まさに消費者庁の注意喚起ドンピシャで
あたかも医療的な効果があるように過剰表現された典型例なので
これをじっくり見てみようと思う。
絶対引っかからないで!ツッコミどころ満載の水素風呂
今回入手したチラシの全体の画像はこちら。
企業名は伏せているが,インターネットで調べたところ
ネズミ講の疑惑もある企業だったので,すでにこの時点で怪しい。
ツッコミどころ満載だが,
とりあえず一つ一つ見てみたい。
「錆びついた細胞を修復」???
まず目に飛び込んでくるのは「究極のアンチエイジング」という語。
「究極」などと言っている時点ですでに怪しいが,
その下の言葉に注目したい。
ここで一番おかしい言葉は「錆びついた細胞」という言葉。
比喩にしたってこれはないだろう。
まず,用語を一つ一つ見ていくと,
「活性酸素」「還元力」といった用語は化学用語である。
活性酸素は,ざっくり言えば反応性が普通の酸素分子よりも高い物質で,
主にスーパーオキシドアニオンラジカル、ヒドロキシルラジカル、
過酸化水素、一重項酸素などが含まれる。
また,水素は酸化還元反応の際に他の物質を還元する能力が高く,
それを「還元力がある」ということはある。
しかしここで注目すべきは,化学用語ではなく生物用語。
まず,細胞は金属ではないので,酸素で「錆びる」ことはない。
これが比喩だとしても,細胞にももともと寿命があり
古くなれば離脱するか分解されるかのどちらかである。
少なくとも,水素に還元力があったからといって
細胞を水素が「修復」することはありえない。
また,あらゆる病気の発症に活性酸素が「関係している」という文言が
仮に正しいとしても,どの程度関係しているのかはどこにも書かれていない。
病気の主たる原因でなくても「関係している」とはいくらでも言えるわけで,
ヒトもまた地球の生物である以上,酸素なしでは生きられないのだから
酸素を吸ってりゃいくらでも「関係している」とは言えてしまう。
「医療」「治療」「美容」素敵な言葉が勢ぞろい。
次に中央の項目を見てみると
単なる風呂のチラシのはずなのに「医療」「治療」「美容」と
特に高齢者が大好きな素敵な言葉がずらりと並んでいる。
なのにおかしな点だらけでツッコミが追いつかない。
まず,なぜ大学名などを伏せる必要があるのか?という点。
もし本当に医療現場で使われている(それはつまり医療に効果があるということ)なら
引用を用いて情報を補足した方がより信頼性が増すというのが情報の基本なのに
それがそもそも全くない。
さらに「水素治療」の項目では,
さっき出てきた「究極」の次に今度は「最強」という強調語が並ぶ。
「水素点滴」に至っては「呼気として水素が出る」などと書いてあり,
「え?何?自分で水素出しちゃうの?」みたいなとんでもないことになっている。
読めばすぐ分かることだが,
チラシの上には「活性酸素+水素=水」という謎の等式が書かれているのだが,
仮にもしこれが正しいとしたら,水素点滴で活性酸素を取り除くなら
水になるはず。
もともとおかしい上に,矛盾まで被せてきているあたりがすごい。
活性酸素が関係する代表的な病気にいたっては
「代表」と銘打っている割に満遍なく羅列していてもはや代表にすらなっていない。
しかし病名の並び方には一定の法則があるようで,
ガン,糖尿病,動脈硬化,リウマチ,白内障,認知症などは
高齢者が知っていそうな病名だが,
クローン病,パーキンソン病などパッとどんな病気か分からないようなものも
混じっている。
おまけに,放射線障害,肌荒れ,乾燥肌なども続いていることから
高齢者だけでなく女性全般もターゲットにしていると見える。
これだけ医療・治療について書いてあるにもかかわらず,
ちゃんと下の方にはちっちゃな文字で「医療機器ではありません」
と書いてある。
実際このあたりは全く「水素風呂」のうち「風呂」の話が出てこない。
極め付けはモデルの女性のふきだしから出ている言葉。
ここでやっと風呂の話が出てくると思ったら
「湯気から発生する水素」などと書いてある。
それはもはや風呂ではなく電気分解装置だから!!!
どんだけ水素好きなんだこの人は!(笑
しかし「吸収できます」とは書いてあっても,
吸収した後,病気が治るなんてことはどこにも書いていない。
読み手が勝手に因果関係があると誤解する認知バイアスを悪用しているのである。
おわりに:騙されなければ似非科学は面白い。
ニセ科学やそれに基づくニセ商品に引っかかる人が多いのは
科学知識が足りないからでは説明が十分ではない。
基本的にはマルチ商法などと同じで,心理学的なバイアスを悪用して
ヒトの意思決定を歪ませるからに他ならない。
しかし,心理面と自然科学の知識をほんの少し持っていれば
こんなに面白くバカバカしいネタもない。
それには少し訓練が必要なのかもしれないが,
まずは一歩立ち止まって冷静になる。
冷静になれなければ,日を空けてみたり,他のヒトと一緒に判断したりと
工夫の余地はあるだろう。
とりあえず理科教員の私はこのチラシをスキャンして
いつか理科の教材になるかもしれないので保存しておこうと思う。
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